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「あんたは、なんとかgptはもう始めているね?」
少し前、コロナが落ち着いてきた頃のことです。私が学生時代からお世話になっている方に久々にお会いする機会がありました。離島在住の78歳のこの方は、当時世に出たばかりのAIを使ってみたいとおっしゃったのです。なぜかと問うと、まずはなんでも触れてみなければわからないから、とのこと。そのチャレンジ精神にただただ感服するばかりでした。
大学のレポートをAIで作成できてしまう、仕事を奪ってしまうかもしれない、など世間で言われていることは承知の上。ちょっと怖くないですか?と聞く私に、「そんなのは計算機が出てきたときも同じだったよ」と教えてくれました。計算機が出てきた当時、計算機が普及すると子どもたちは自分で計算しなくなり学力が低下するのではないか、仕事が無くなるのではないか、などと問題視されていたそうです。
それからしばらく経って、手回し式の計算機が南風原文化センターに寄贈されました。寄贈者が勤めていた会社の事務所にあったもので、寄贈者が入社した1975年頃にはすでに卓上計算機が導入されており、手回し式は使われていなかったそうです。
もちろん過去には南風原でも手回し式の計算機が使われていました。『南風原町議会史』によると、1970年頃、市町村職員が集まる研修会で、南風原村(当時)だけ卓上計算機が導入されておらず、重い手回し式計算機を持参して使ったようです。会場に響く手回し式の音に職員は恥ずかしい思いをしたと記されています。
今の私達にとっては、大きすぎるしどうやって使うのかもわからない手回し式計算機。これが現在のAIのように新しい風を吹かせていた時代もあったのです。それぞれの時代に吹く強い風をどう受け止め、受け流していくのか。人々が悩みながら受け入れていく過程を経て今の暮らしがあるのだと感じながら、寄贈の手回し式計算機を受け取りました。(前城)

手回し式計算機 南風原文化センター所蔵
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広報はえばる コラム「文化の泉」掲載