古都と海の見える丘
新川区は首里高地から張り出した台地の御殿地(うどぅんちー)に発達した集落で、平野部の新川地区と盆地上の東新川地区から成り立っています。
勇ましい新川エイサー
旧盆の道ジュネーや新川エイサー祭りなど、さまざまなイベントでその勇壮な演舞を披露しています。 2009年から八重瀬(やえせ)町新城(あらぐすく)青年会に指導を仰ぎ、新しい新川のエイサーを後世へ引き継ぐため、青年会の組織固めにも取り組んでいます。
第62師団野戦病院壕跡
沖縄戦の第一線で米軍と戦火を交えた日本陸軍第62師団(石部隊)の野戦病院壕跡で、首里高等女学校生と昭和高等女学校生が日本軍に動員されました。 通称ナゲーラ壕とよばれていますが、地元ではシチャーラ壕ともよばれています。今では訪れる人も少ない重要戦跡のひとつです。
共同井戸(むらがー)
旧暦9月9日に行われる水神祭、ウマーチヌ御願(うがん)の10番目の拝所(うがんじゅ)です。昔、集落の人々はこの井戸で生活用水のすべてをまかなっていました。今でも聖地の雰囲気を醸し出しています。
ヒーサ原の御殿井戸(うどぅんがー)
1880(明治13)年、廃藩置県の際、王府でも位の高い親雲上(ぺーちん)クラスの人が首里から移住して里から移住してきました。 その時に掘られた井戸です。現在は、天蓋でおおわれて懐かしい手押しポンプがついており、水を汲み上げることができます。
島豆腐
昔、新川では豆腐づくりは生計の足しとして盛んに行われていました。現在では数も少なくなりましたが、おいしい島豆腐を生産しています。 伝統手法を大事にし、手搾りと薪を使っている昔ながらのお豆腐屋さんもあります。昔は、良質な水を得るために遠くまで水汲みに出かけたほどだそうです。
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