歴史と伝統が今に生きる 津嘉山(つかざん)

2015年2月2日
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津嘉山大綱曳きの「西の仕度」と「東の仕度」 

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津嘉山の舞方棒

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組踊「八重瀬(忠臣身替)」


 

津嘉山発祥の地、公方(くぼー)の御嶽(うたき)
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南風原町にある御嶽の中でも最も古い御嶽で、「公方」とは「発祥」の意味で、津嘉山に初めて人が住んだ場所ともいわれています。周辺からはグスク時代の遺物や人骨が発見されるなど、歴史的にも貴重な地域です。今でも、各門中(もんちゅう)や地域の代表者が感謝の意をこめて、この聖地を拝んでいます。
 


高倉
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高倉とは、穀物を貯蔵するための高床式の建物です。南風原町内に現存するのは、津嘉山に残るこのひとつのみとなっています。200年以上の歴史をもち、沖縄戦の激しい戦火もくぐりぬけてきました。現在も屋根の支え木には砲弾の跡が残っています。戦前の屋根は茅葺きで、上にはお米などの穀物を、下には山羊などの家畜を飼育していたそうです。
 


クニンドー遺跡
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高津嘉山から南へ連なる丘“クニンドー毛(もう)”とその周辺は遺跡になっています。ここを中心に、東から西へのびる尾根一体には約500〜800年前のグスクが築かれていました。周辺の畑地からは土器や中国磁器の破片などもたくさん収集されており、当時の様子を知る貴重なてがかりとなっています。
 


第32軍司令部津嘉山壕群
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集落にある高津嘉山とチカシ毛(もう)とよばれる小高い丘には、第二次世界大戦中、南西諸島の防備にあたった第32軍の司令部津嘉山壕がありました。兵器や食糧などの軍事物資や軍資金を管理するための後方支援部隊が主におかれていました。証言などから推測される壕の長さは約2kmにもおよび、手掘り壕の中では沖縄県下最大のものです。
 


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